イーハトーブ幻想 KENJIの春
宮沢賢治生誕100年を記念して、地元岩手県のテレビ局が出資して製作された、1時間弱の中篇アニメーション作品。監督・脚本に“バルキリーの父”河森正治を迎えるというアイディアが誰のものだったのか知らないが、これが大あたりで、宮沢賢治という題材に正面から取り組んだ異色のファンタジー傑作となった。
河森正治といえば〈マクロス〉シリーズの印象が強すぎて、近作には異世界ファンタジーのテレビシリーズ「天空のエスカフローネ」もあるのだが、それでも今までは(失礼ながら)総合的な映像作家として捉え切れていなかったというのが正直なところ。
そこに登場したのが本作である、昨年暮れ、生誕100年にぎりぎり駆け込む形で放送されたテレビ版は未見だが、今回のビデオ版が完成品ということらしい。
登場人物はすべてネコの絵で描かれる。物語は、学生時代から晩年までの賢治の人生を、「スローターハウス5」さながらに、ランダムに行きつ戻りつしながら進み、そのなかで、妹、友人、父、教え子、農民との人間関係、さまざまな幻想が、立体的に描き出され、生活と思想の変化が、無理なく生き生きと伝わってくる。
表現には多様な技法が、びっくりするほど贅沢に盛り込まれている。基本はもちろんセル・アニメーションだが、CGIとデジタル・エフェクトの大胆な使用、デジタル彩色の導入で、画面から受ける印象は、われわれが持っている“アニメ”のイメージとかなり異なる。アニメと呼ぶ前に、単に映像作品と呼んでみたくなる、ハイブリッドな仕上がりなのだ。
作画陣には大ベテランから若手実力派まで豪華な顔ぶれが集まっており、作品世界を壊すことなく競演している。背景美術の充実も特筆もの。また、賢治の代表作のイメージが奔流のように溢れだすシーンは、CF界などで活躍する錚々たる顔ぶれが参加したペンシルアニメーションで、贅を尽くして描かれる。正直言って、作品のバランスを崩しかねないほどの凝りようといえる。
登場人物がネコであることには、生々しい物語を抽象化するという必然性があって、違和感はまったくない。声高にテーマを叫ばず、本来ならクライマックスにあたる場面をさりげなく冒頭にもってくるなどの奥ゆかしさも、好ましいものに写る。
全体を通じて伝わってくるのは、映像作家河森正治の持つ、健全な理科系の想像力であり、同じ資質を持つ宮沢賢治との共振ぶりである。作品名に倣うなら、KENJIとSHOJIの幸福な出会いと言ってもいい。
脚本を書くためのリサーチのなかで行われたであろう、理科系幻視者の先達としての宮沢賢治に対する真摯な問いかけは、問われた賢治にそれに応えるだけのものがあったがゆえに、ここに結実したと言える。賢治という題材の内面に溺れることなく、適度な距離と緊張を保ったことに、題材への誠実さがなによりも現れている。
河森作品では、作品の一部として音楽がつねに重要な役割を担ってきたのはご存じのとおり。本作では、上々颱風に「アヴェ・マリア」を歌わせるという荒業で、東洋も西洋もない賢治の思想のグローバルな在り方を、静かに見る者の心に忍び込ませるのに成功している。
さらに、河森作品に欠かせない宇宙への憧憬というテーマもまた、あっと驚くかたちで登場するのだ。ロケット発車! ★★★★★(添野 知生)
1996年 56分 カラー
監督、脚本:河森正治
演出:佐藤英一
監修:天澤退二郎、ますむらひろし
キャラクターデザイン、作画監督:岸田隆宏
美術監督:大野広司
CGテクニカルディレクター:前田庸生、那須信司
CG制作プロデューサー:佐藤道明
音響監督:田代敦巳
音楽:上々颱風
製作:テレビ岩手、グループ・タック
声の出演:佐野史郎、國府田マリ子
1996年12月14日 日本テレビ系放送
ビデオ:バンダイ 4月25日リリース